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2009年03月12日

五月 君のちょっと調べてみたことフォークランド戦争

サッチャーとフォークランド戦争


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この間1982年には、南大西洋のフォークランド諸島においてフォークランド戦争が勃発。アルゼンチン軍のフォークランド諸島への侵攻に対し、間髪をおかずに艦隊と爆撃機を派遣し、多数の艦艇を失ったものの、2ヶ月の戦闘の結果6月14日にはポート・スタンリーを陥落させアルゼンチン軍を放逐した。サッチャーの強硬策の一環と捉えられているが(イギリス政府の主張によると、フォークランド諸島に初めて人が上陸したのは1690年にイギリスの船員が最初であり、幾らかの他国との競り合いの後、1833年にイギリスが正式支配を行っていた。さらに同諸島の住民のほとんどはイギリス系であり、国際法、国連憲章に立脚する「民族自決の原則」からいってもイギリスの同諸島に対する領有権は強固な法的根拠を有している、という)、フォークランド諸島の奪還により、イギリス国内での評価は高い。この際に、「人命に代えてでも我が英国領土を守らなければならない。なぜならば国際法が力の行使に打ち勝たねばならないからである」(領土とは国家そのものであり、その国家なくしては国民の生命・財産の存在する根拠が失われるという意)」と発言した。経済の低迷から支持低下に悩まされていたサッチャーは、戦争終結後「我々は決して後戻りはしないのです!」と力強く宣言、支持率は驚異の73%を記録する。彼女はこれで二度目の総選挙にも勝利し、より保守的でラディカルな経済改革を断行してゆく。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』